2018年1月15日月曜日

大厄は2月まで

新年が始まり、実質的な第一週が終わったが、新年早々、高校時代の同級生とメールのやりとりをする機会があった。
性格もよく勉強もできる友人で、当時、下宿で研究していたアルコールの作り方について教えてもらったことを覚えている。一方の私は、塩野七生さんのローマ人の物語の第2巻『ハンニバル戦記』を読んで、第二次ポエニ戦争について彼に語ったものだった。
その彼とは、同じ大学に入ったもののサークルなどが違うこともあり、大学時代に会ったことは数回だったろうか。
その後、私は、働き始めた最初の部署が忙しかったので、飲み会に出る時間も人間関係を手入れする余裕もなく、彼を含め、高校や大学時代の友人とは疎遠になる一方だった。
しかし、大厄の昨年は、とある仕事で広く消息を知らせてしまったのと、結婚して、その食事会に案内を出したのとで、小学校から高校までの友人と連絡をとる機会があり、人間関係が復活する一年でもあった。そんなこんなで、働き始めて十数年経ったが、今年は、キャリアの振り出しに戻ったような気分を少し味わっている。
大厄は2月までらしいが、あと1か月、誰に会うことができるだろうか。

最近は、ディストピア小説を何冊か読もうということで、マーガレット・アトウッド『侍女の物語』(ハヤカワepi文庫)を読んでいる。ドラマの評判も良いようなので、妻に話して一緒に見てみようかなとも企てている。そのあとは、先達に薦めていただいたので、J・M・クッツェーの『イエスの幼子時代』(早川書房)へ。

2018年1月7日日曜日

書店から書店へ

1月4日
年始と仕事始めが離れている人もいれば近い人もいる。
年末年始の休みは6日間あったが、仕事始めの仕事は12月28日にしていたことの続き。
「大事なのは、慣れてしまわないことです。習慣は命とりになりかねません。たとえもう百回目でも、はじめて出会ったかのように一つひとつのものと対峙しなくてはなりません。何度目であっても、一度目でなければならないのです。そんなことがほとんど不可能だとは、私だって承知しています。でもそれが絶対のルールなのです。」(『最後の物たちの国で』ポール・オースター、柴田元幸(訳) 白水社)
そんなことは不可能だ。

1月6日
午前中、病院に行き検査を受け、渋谷の丸善ジュンク堂で妻と待ち合わせをする。その後、シブヤパブリッシングアンドブックセラーズに行き、お昼を食べて、代々木上原のロスパペロテスという古本屋へ。三店とも初めて行った。
渋谷の書店というと、大学受験の二次試験が終わったあとに、一緒に受験した同じ高校の友人と大盛堂書店に行ったことを思い出す。
大盛堂書店は、当時、今とは違う場所にあり、少し狭い入口を上の階へ昇ったが、私は当時、地方に住んでいたため、地元にはない大型書店に行くのが嬉しかった。友人は地方ではなかなか買うことができない雑誌を買い、飛行機の中で一緒に読んだ。
二次試験当日、東京は、ひどい寒さとかなりの積雪で、風邪をひいたことも思い出した。
今日は丸善ジュンク堂で『プライバシーの新理論』(ダニエル・J・ソローヴ 大谷卓史(訳) みすず書房)、『反教養の理論』(コンラート・パウル・リースマン 斎藤成夫/斎藤直樹(訳) 法政大学出版局)、『アメリカ研究大学の大学院』(阿曽沼明裕 名古屋大学出版会)を、ロスパペテロスで『資本主義を語る』(岩井克人 ちくま学芸文庫)を買った。

2018年1月3日水曜日

年末と年始

年末年始に久しぶりに鹿児島に帰省した。
近年は、東京で過ごすことが多かったので実家での正月というのは、少し面映ゆくも感じるとともに、結婚後、初めて正月を実家で過ごしたことになるが、自分が両親と同じ目線になったような気もした。
一方で、以前、文化庁が『お雑煮100選』という本を出したことがあったが、お雑煮の違いなどについて話をしていると、違わない正月という感じがした。
ブログを書いてみたくなったのは、そのせいかもしれない。
行き帰りの飛行機では、『名画で読み解くロマノフ家12の物語』(光文社新書)中野京子と『マインドコントロール』(文春新書)岡田尊司を読んだ。
今年は心理学の勉強をしよう。

大厄は2月まで

新年が始まり、実質的な第一週が終わったが、新年早々、高校時代の同級生とメールのやりとりをする機会があった。 性格もよく勉強もできる友人で、当時、下宿で研究していたアルコールの作り方について教えてもらったことを覚えている。一方の私は、塩野七生さんのローマ人の物語の第2巻『ハンニバ...